「忘れないこと、伝えること」― 曽我ひとみさんのお話を聞いて
- 山内七恵
- 11 分前
- 読了時間: 3分
北朝鮮による拉致被害者・曽我ひとみさんのお話を直接伺う機会がありました。
昭和53年8月12日。
当時19歳だった曽我ひとみさんは、お母様のミヨシさんと一緒に、近所へ買い物に出かけた帰り道で突然襲われ、北朝鮮へ拉致されました。
家まで、あと100メートル足らず。
それまで、お母様といつものように話をしながら歩いていた、ごく普通の日常でした。
その日常が、何の前触れもなく突然奪われたのです。
お話の中で特に心に残ったのが、北朝鮮に渡った後、横田めぐみさんと一緒に生活していた時のお話です。
見知らぬ土地で、不安と恐怖の中にいた曽我さん。
そこで自分と同じ日本人であるめぐみさんに出会い、「一人じゃない」と、とても嬉しかったそうです。
日本のこと、家族のこと、友達のこと。
二人はいろいろな話をし、少しずつ絆を深めていったといいます。
そして別れの日。
曽我さんは、日本から何一つ持ってきていなかったため、めぐみさんに思い出の品を渡すことができませんでした。
一方、めぐみさんは、自分が大切にしていた赤いバッグを曽我さんに渡してくれたそうです。
そのお話を聞きながら、胸が締め付けられる思いがしました。
そして、曽我さんが今も強く願っているのは、一緒に拉致されたお母様との再会です。
拉致されてから48年。
横田めぐみさんも、家族と離れて49年になります。
本来なら、その年月の中には、家族との食事や会話、誕生日やお正月、何でもない一日の積み重ねがあったはずです。
曽我さんのお話を聞いて、拉致問題とは「昔起きた事件」ではなく、今この瞬間も続いている問題なのだと、改めて感じました。
そして、曽我さんが私たちに繰り返し伝えていたことがあります。
「私の話を、いろいろな人に話してください」
署名活動や集会の時だけではなく、普段から声を上げ、拉致問題を忘れないでほしい。
どんな形でもいいから行動してほしい。
その言葉がとても心に残りました。
だから私も、まずは自分にできることとして、Instagramだけではなく、このブログにも書き残しておきたいと思いました。
一人が聞いて、もう一人に伝える。
その人が、また誰かに伝える。
小さなことかもしれません。
でも、「忘れない」「関心を持ち続ける」「人に伝える」ことも、私たちにできる行動の一つだと思います。
拉致被害者の皆さん、そしてご家族には、もう十分すぎるほど長い時間が流れています。
失われた時間を取り戻すことはできません。
だからこそ、これ以上、家族が一緒に過ごせる時間を失わせてはいけない。
曽我ひとみさんのお母様・ミヨシさんをはじめ、すべての拉致被害者の一日も早い帰国を心から願います。
そして私も、今回直接お話を聞いた一人として、曽我さんから託された「伝えてほしい」という思いを、これからも大切にしていきたいと思います。




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